三遊亭圓生の魅力と、おすすめ演目

落語

よく、古今亭志ん生と並んで、昭和の大名人と称されるのが、六代目三遊亭圓生師匠です。

ゆるキャラで、ほのぼのとした雰囲気を纏う志ん生とは対照的に非常にストイックに芸の高みを追求した、求道者といった趣の人です。
それだけに取っつきにくいイメージもある師匠ですが、圓生師匠が分かるようになると、また一段と、落語の奥座敷へ踏み込んだような手応えがあります。

それでは、三遊亭圓生師匠を味わうためのポイントと、おすすめの演目を紹介します。

三遊亭圓生の、スゴいところ

ストイックさがスゴい

とにかく自分にも他人にも厳しく、芸の高みを目指した人。
圓生師匠の醸し出す雰囲気には、ミクロン単位の精度を誇る職人さんのような凄みがあります。

また、その厳しさを表すエピソードにも事欠きません。

  • 古典落語しかやらない
  • 寄席への行き帰りの車の中で稽古を始めるほど、稽古熱心
  • 後輩噺家の真打昇進をなかなか認めない

噺家仲間でも芸に対していいかげんな人を許すことができず、ダメなものはダメと、はっきり口にすることから、人間関係では結構敵も多かったらしいです。

変な話ですが、私自身、CDやYoutubeで圓生師匠を聴いていると、心のどこかで、「なんか怒られそう」と感じてビクビクしています。

そんなワケないし、実際噺を聞くとメチャクチャ面白いんですけどね。その辺の落差も、圓生師匠ならではの持ち味だったりします。

例えるならば、普段は怖い上司だけど、たまに冗談を言うとスゲエ面白いみたいな、そんな複雑な快感が、圓生師匠にはあります。
まあ、たまには背筋を伸ばして落語を聞いたって罰は当たりません。

演目の豊富さがスゴい

一説には300もの演目を持っていたとも言われ、落語史上でも最多ではないかと言われています。

『圓生百席』というCDシリーズはなんと116枚にも及び、CD1枚につきひとつかふたつの演目が収録されているので、単純計算で、このシリーズだけでも150程度の演目が音源として残っていることになります。
私もレンタルCD屋や図書館でこのシリーズ、よく借りていますが、まあ完全制覇することは無いでしょう・・・

で、演目が多いということは、

「この噺、面白いな。別のバージョンも聞きたいな」と思った時、圓生師匠の録音を探せばたいてい見つかります。

言い方を変えると、あなたの好きな演目には、たいてい「圓生バージョン」が存在します。

また、現代の噺家が滅多に演じなくなってしまったレアな噺も、圓生師匠の録音で聞くことができたりします。

たまに、全く知らない噺を聞いてみたい、って時には圓生師匠のもので探すのが確実だし、さすがに一定以上のクオリティがあるので、間違いがありません。

ゲスっぽさがスゴい

と、非常に真摯に芸に向かい合って生きた圓生師匠ですが、その真面目でひたむきなイメージとは裏腹に、「ゲスで」「だらしのない」「ニヤついた」人物を演じるのがやたらと上手です。

「遊びてぇ奴はぁ、小店はいけねぇやなァ!
こせついてナンだからまぁ、なろう事なら大店で、
芸者の二組も上げてワッと騒いで、
食いてえものを食って酒をふんだんに飲んで、
一両の割り前だがどうだい?」
「・・・ちょいと待っとくれよ。
だってお前ぇ、玉代だってそれだけじゃ納まらねぇ。
でその上、芸者まで・・・」
「だからよ、いくらかかろうと、
俺が引き受けるてェ寸法なんだ、どうだ?
行こ、行こ、行こ行こ・・・」
「あぁ行く」「行く」「行く」
「・・・早いね決まるのが」
「早いったってお前ぇ、こんな安いものは無え。なあ?」
「結構ですねどうも。
そういうものがあったら少し買い占めておきてェ・・・」

「居残り佐平次」からの抜粋です。
これから品川に行って遊ぼうという相談で、一人当たり一両で、足りない分は全部俺が出すと
言い出しっぺの佐平次が気前のいい事を言います。

それで飛びつく仲間たち。
中でも欲の張った奴が「そんないい話は買い占めておきたい」と調子に乗った事を言うんですが、ニヤニヤしながら下からボソリと来るその言い方が、実にだらしがなくてイイのです。

三遊亭圓生の、おすすめ演目

居残り佐平次

品川の遊郭でどんちゃん騒ぎをした翌朝、仲間を先に帰して、ひとり残った男は
「勘定を払おうにも金は無い」と、平気な顔。
実はこの男、居残りを商売とする佐平次というお調子者。勝手に他の客の座敷にお邪魔しては、酒の相手をしてご祝儀を稼ぎ始める・・・

「ヘッヘッヘ・・・
遊びはねェ俺ぁここが好きなんだよォ。
まだ銭ォ貰わねぇうちに、ありがとうございますてぇなァこの商売ばかしだからな。
そんなにありがてぇか?」
「ヘェどうも真に、ありがたいことで・・・」
「ならこれで帰っちまおう」
「ヤそれぁいけません」
「ハハ、まぁ冗談だが、
とにかくね、みんなァ飲むクチなんだから酒をひとつ、
早く持ってきてもらいてぇんだがま、
ウチあたりはそんな事は無かろうが、
朝になって頭ィ来るなんてぇなぁ困るから、
お酒だけはひとつ吟味してナ」
「承知いたしまして・・・」
「それからァ、台のものはふんだんに入れとくれ。いいかい、
お皿ばかりがこォーんなに立派で、中身がこぅ・・・
へへ・・・衰弱をしてンなぁ良くないからね。
お刺身とお刺身の間が二寸五分離れるなんてぇなァさむしいから。
なるべくこて盛りにしてナ、」

さあこれから店に上がろうというところで、あらかじめ幹事の佐平次がいろいろと注文をつけるシーン。

さあ遊ぶぞというワクワク感がありつつも、遊び慣れた佐平次が、店の者に冗談を言ったり
酒は良いのを、刺身は山盛り、おいらんは美人のを、といろいろずうずうしい注文をします。
頼もしい。

「まだ胸がこう・・・もたもたしているンだぁよ。
熱いおツユでも吸ってみたいてぇんだが、
毒は毒を以って征すの例え、酒で凌がす苦の世界てェ事があるからねェ、
またちょいと一合・・・
あ、それからゆうべッからのお酒がねェ、
ちょいっと甘口なんだがどうも長く飲んでると
口になずんじまってうまく無えんだが、
辛口のお酒に取っ替えてもらおうか。
ね? それから食いものは何がいいかな?
荒井屋行って中荒かなんか取ってもらって、
みんなでオマンマ食おうかここで?
あったかいオマンマにうなぎ乗っけのお茶かけの、うな茶か何かを。
え、どうだい?」

ゆうべの分のお勘定をと催促されて佐平次は、金なぞ持っていないくせに「後でまとめて払うから」と涼しい顔。さらに追加の注文まで入れ始めます。

こっちが笑いたくなってしまうくらいのずうずうしさですが、結局口先三寸でそれを押し通しちゃうところが痛快です。

包丁

素寒貧の寅んべえ。ばったり会った昔の悪友の久治から、ある話を持ちかけられる。
聞くと、いい仲になった女がいるのでので今の女房と別れたい。それについて久治が画策するには、寅が久治の家へ上がりこんで、奥さんの手を握るか何かしている所へ久治が出刃包丁を持って登場。不実というので奥さんを田舎の芸者にでも売ってしまって、残った銭は二人で山分け・・・

「おあきさんてぇのかい? いくつなんだい歳は?」
「うーん確か・・・ことし三十二だと思ったな」
「三十二!
ぁあ何だね。マグロなら中トロてぇ所だね
脂の乗ってる盛りてぇ奴だ。うんうんうん・・・
でぇ何かい、お前ぇの家へ訪ねて?」
「久治兄いはお宅でございましょうが、
アタシは寅てぇ者で、昔から兄いには一方ならねえご厄介になっておりますとこう言って・・・」
「お前ぇに俺は一方ならねえって・・・ご厄介になんぞ・・・」
「まぁまぁまぁ、なってもならなくてもそう言わなくちゃ形がつかねぇ。
えー是非、お目にかかりてえがおいででございましょうか、とこう言やぁ、
今出かけております、
それじゃ、帰るまで待たしていただきましょうてンで
お前ぇが上へ上がるんだよ。
俺に土産だてンで一升ぶら下げて行きな。
湯呑みか何か借りてそいつを一杯飲むんだが、
肴ぁ何にも無えけれども、
ア、あのォ鼠入らずのな、エェー・・・二段目だ上から。
右の方を開けてぇとまぁるい蓋物がある。
中に佃煮が入ってるから。ま、そんなもんで一杯・・・
あ、香このうめぇのがある。
上げ板のこっちから三枚目を開けるってえとぬか味噌の、
上の方に、カブか何かの浸かり加減のがあるから、
ソイツを出してちょいと飲っていてくれぃ」
「初めて行った家で香こを出したりなんかしちゃおかしいじゃねぇか」

妙齢の女性を指して「マグロで言えば中トロ」というのもすごい表現です。
圓生師匠の、いやらしい目付きで舌なめずりをするような言い方だと余計に情感がこもって聞こえます。

また、久治の策略がけっこう雑なところもポイントです。師匠、意外と、緻密な悪事よりもこういうだらしない悪人を演じるのが似合います。

酢豆腐

若いものが集まって酒を飲んで遊んでいるが、ちょうどいい肴もない、そろそろ銭もないというので退屈になる。
そういえば昨晩の豆腐が残っていなかったかと見てみると、与太郎がナベの中に入れてフタをしていたので、暑さですっかり腐ってしまった。
そこにちょうどやって来たのが、知ったかぶりで通気取りの若旦那。そこで、この腐った豆腐を珍味とだまして食わせてしまおうと、悪い遊びを思いつく一同。

「食いもんだか何だか分からねえんでねぇ。
ひとつ見て頂きたいんで」
「おぉなるほど・・・ムホッ!?
ゲホッ!・・・」
「これ・・・食いものですかね?」
「食いものでしょうかッ・・・
でしょうかなぞは恐れいりましたねぇ・・・いや、
もちろん君がたのご承知ないのも理・・・
これは我々通家の食するもので・・・」
「アそうですか。
若旦那のような方が召し上がるてンで。
そりゃぁこちとらにャ分からねえやエェ。
じゃア、お好きでいらっしゃるんで、これを?」
「これを?
フフフ・・・もちりん。」
「・・・もちりんですかなエェ。
こっちが食わなくて、若旦那に差し上げるなんてなァ失礼ですがね、
お好きなら、いかがです召し上がっちゃ?」
「結構でげすなァどうも・・・
近頃なかなかコレは手に入らん代物で・・・
ウーンそれでは、ムザとここで頂くのは何でげすから、宅へ持って帰っ・・・」
「そんなこと言わねえで。
宅へ持って帰らねえで、いいじゃ無えかここで食って」

困ってしどろもどろな若旦那のグズグズっぷり。
対照的にしらばっくれて豆腐を食うように迫る若い衆の、キラキラとした目の輝きが眼前に見えるようです。

この「酢豆腐」じたいは非常に有名な噺です。話の構造がシンプルで、意外性はありません。単なる作り話としてスジだけ聞かされても、正直、たいして面白い話じゃないです。

じゃあうまい噺家さんがやると何が違うのかというと、やっぱりリアルなんですね。

作り話だったら面白くもないけど、実際に目の前で腐った豆腐を得意げに食べる人がいたら、そりゃ面白いですから。

その点、圓生師匠の酢豆腐はデタラメに滑稽なんだけれども、どこか真に迫っている。
これは圧倒的な力量と稽古量の裏付けがなければ、できることではないと思います。

まとめ

圓生師匠の魅力は、ストイックさ、演目の豊富さ、ゲスっぽさ。

まずは「居残り佐平次」「包丁」「酢豆腐」からどうぞ。

 

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